2012年03月11日
【追悼】震災から1年が経って
2012年02月21日
早春の遺跡ウォーク「三輪山西麓のパワースポットを訪ねて」

桜井市埋蔵文化センターの主催で,三輪山とその周辺の祭祀遺跡をめぐるツアーが実施されるそうです。開催の要綱は以下のとおりです。
開催日: 2012年3月17日(土)※悪天候の場合,翌日に順延
定員:先着50名
参加費用:100円(保険料として)
申し込み先:桜井市埋蔵文化センター TEL. 0744-42-6005
その他注意:弁当持参,歩きやすい服装,運動靴
三輪山西麓に点在する磐座をはじめとする祭祀遺跡をめぐる,小一日がかりのウォーキングツアーで,約5キロの行程の詳細は以下のとおりです。
①朝9時,桜井市埋蔵文化センターに集合
②桜井市埋蔵文化センター内企画展示の見学と学芸員による解説
③桜井市埋蔵文化センターを出発し,大神神社及び神社周辺に点在する磐座群を学芸員とともにめぐる。

④現在,発掘調査中の茅原の大墓山古墳(4世紀末か5世紀初のホタテ型古墳)を見学
⑤檜原神社を参拝・見学 ~元伊勢。本殿がない構造で,ヒモロギがご神体
⑥若宮神社(大神神社の初代神官,オホタタネコを祭る)を参拝・見学した後,流れ解散(15時ごろの予定)
【ツアーでめぐる予定の磐座群】

(以上,写真の出典 / 桜井市埋蔵文化財センター企画展「祈りの世界」より)
さて,ここからは「倭(ヤマト)しうるはし情報室」オリジナルの追加情報です。
ツアーの行程に含まれている檜原神社は,知る人ぞ知る夕日の名勝地。
15時ごろにツアー終了後,若宮周辺の店で少しお茶などしてから,再び,山辺の道を北上して,檜原神社に戻ればちょうど夕刻。
3月中下旬のこの時期,晴れていれば,下の写真のように注連縄の向こうに,二上山へと沈み行く夕日が拝めるはず。

●春分と秋分あたりの夕刻,元伊勢檜原神社では,空をオレンジに染めつつ注連縄と二上山の間を沈み行く夕日が観られます(2009年3月15日撮影)
2月20日現在,50名の定員に対し,35名ほどが申し込んでいるとのこと。普段は聞けない考古歴史の話を耳にしつつ,初期ヤマト王権に思いを馳せながら早春の山辺の道を散策するのはいかがでしょうか。
2012年02月19日
如月,山辺の道フォト散策

●雨模様の三輪明神大鳥居(大神神社)

●早朝の大神神社にて

●ツバキ咲く祈祷殿にて

●三輪山麓,山辺の道

●元伊勢,檜原神社にて

●例祭の準備(檜原神社)

●磯城の舞姫

●神庭への参進

●たたなづく青垣,霧煙る

●纏向の地を往く万葉まほろば線
タグ :2012年2月15日
2012年02月01日
伊太祁曽神社の忌火起し

去る1月15日,紀の国一宮伊太祁曽神社において,
卯杖の祭典に引き続いて左義長神事(トンド焼き) が行われました。
古式に則った手法で,お札・お守りのお焚き上げを行う忌火を起しました。


時折,木くずの状態を確かめます。

摩擦の部分から,煙が立ち始めました。

慎重に,火種を取り出して

点火させます。


次第に燃え盛る焔

2012年01月28日
各地の社頭から ~年末年始の風景~

●伊勢内宮,宇治橋に昇る朝日 (2011年12月29日撮影)
あけの雲わけ うらうらと
豊栄昇る 朝日子(あさひこ)を
(豊栄の舞)
年も明け,気がつけば1月も終わろうとしています。
年が明けて最初のレポートは,2011の年末から2012年始にかけて,各地の社頭などにおける,この時季ならではの光景をご紹介します。

●かみつけの里,八幡塚古墳の埴輪と朝日
群馬県高崎市は,保渡田古墳群に復元された古墳と前方部の埴輪。社頭ではありませんが,古社と同様,わが国が「倭」と呼ばれていた上古の記憶を伝えるもの。
12月の午前7時前,うっすらオレンジ色がかった山際から,朝日が昇り古墳群をまぶしく照らしました。

●大神神社,年初の神事
年が明けて間もない大神神社(奈良県桜井市)の境内では、神事が行われました。
晴天の午前中,社頭を神職の行列が参進していきました。

●誉田八幡宮の破魔矢
正月三箇日。
いつもは比較的静かな,誉田八幡宮(大阪府羽曳野市)の境内も賑わいを見せます。
中世以降,八幡宮として成立したと思われるこの神社は,誉田御廟山古墳(伝,応神天皇陵墓)のすぐ脇に鎮座し,元々は大王陵を管理・守衛する古代の施設がルーツであるともいわれています。
古市古墳群,かつての河内王権の本拠地において,八幡大神の生前の姿とされる応神天皇(ホムタワケ大王)が眠る巨大古墳に鎮座するとして,八幡総本社の宇佐神宮とともに一目置かれてもいた古社です。

●宮地嶽神社,大しめ祭り
今度は飛んで筑紫の国。博多湾岸,津屋崎に程近い高台にある宮地嶽神社は,神功皇后伝説ゆかりの創始1600年の古社。昨年末,写真のように3年に1度の大注連縄の新調が行われていました。
社殿の背後にそびえる形のよい山が宮地嶽,もともとの神体山(神奈備)であるとされています。
注連縄の張り替えは,「大しめ祭」と称し,この日は朝から夕方まで1日がかりで巨大な注連縄を社頭に付け替えます。

●産田神社の春季例大祭
新年1月10日,紀伊半島を周遊した際,熊野の地にて,記紀神話ゆかりの産田神社では例大祭でした。
天地創造のころ,イザナミが出産した場所と伝えられる,この神社は社叢に覆われ,本殿両脇には,ひもろぎ跡。小さいながらも往古の歴史を感じさせるを醸していました。

●飛翔 ~箱崎宮(福岡市)にて~
ヤマトしうるはし2012、スタートです。
(KI)
(藤堂判九郎 上覧)
(藤堂判九郎 上覧)
2011年12月28日
倭(ヤマト)しうるはしカレンダー2012
2011年12月20日
ひみこちゃん&古都見ちゃん

↑ ひみこちゃん(左)&古都見ちゃん(右)のケータイストラップです
古い神社を前にして記念撮影ですかぁ~・・・ このふたりならではの2ショットですよね
(大和桧原神社で撮影 by KIさん)
倭しうるはしで桜井市のゆるキャラ“ひみこちゃん”を紹介してから1年になりますが、今回は府中市からゆるキャラ“古都見ちゃん”をあわせ紹介します。
“古都見”と書いて“ことみ”と読むのだそう。
“ひみこちゃん”は名のとおりヤマタイ国の女王がモデルになっていますが、“古都見ちゃん”は因幡の白兎で有名なあの大国主の神さまがモデル。
だから、ご立派な貴重品袋
を背負っていたりするんですね。

ひみこちゃん
と
古都見ちゃん
こう並べてみれば、
お似合いのふたり
だと思いません?

お似合いのふたり
だと思いません?

・・・ところで、ふたりのケータイストラップは下記のところで購入いただけますよ

(ひみこちゃんグッズ販売)

ひみこちゃんケータイストラップはひとつ500円です。その他、店舗や通販でいろいろオリジナルグッズが買えますよ

・まほろばの里 卑弥呼 (近畿日本鉄道 桜井市駅北口すぐ,TEL 0744-46-1787 )にて販売 食べログの紹介ページ
・通販はこちら⇒ひみこちゃんオリジナルグッズ(やまとびと編集部)
(古都見ちゃんグッズ販売)

古都見ちゃんケータイストラップはひとつ500円です。下記店舗でお求めいただけます

・府中観光案内所販売コーナー
場所;大國魂神社参道脇 京王府中駅徒歩5分 ケヤキ通りの突き当たり付近
TEL 042-302-2008
ホームページ; 府中観光協会イメージキャラクター古都見(ことみ)ちゃんストラップ新登場!
(ひろみこ)
KIさん、奈良県に府中市にと資料収集お疲れ様です。おみやげのひみこちゃん&古都見ちゃんのストラップ、ありがたくいただいてありますよ。 2011年12月15日
磐座(いはくら)逍遥 ~天白磐座の庭に吉処を求(ま)ぎて~

“高天の原に坐します大神を 我 吉処(よきところ)に奉らむ”

“天の磐座(いはくら)放ち給ひ 天の八重雲を伊頭の千別きに千別き給ひて・・・”

“是の磐座に 天降し依さし給へ”

“我が心ざして往く処 吉きこと有らば・・・”

“南の鳴磐は未だ見ざれど 吉処の有るべく見ゆ”

“是の和(にご)き水音の鳴磐は甘き水の清(さや)けき水のさわなる吉処なり”

“是の草の木を神籬(ひもろぎ)となして 大神を鎮め坐して斎き奉らむ”
(文 / 倭姫命世紀および大祓詞を参照)
(モデル / 倭姫命人形[伊勢参宮記念品])
2011年12月12日
天白磐座祭祀遺跡

●天白磐座遺跡。山頂部の巨岩群全景
伊勢参りからの帰途,浜松にある磐座祭祀遺跡へと足を伸ばしました。
天白磐座遺跡
渭伊神社(浜松市引佐町)境内の裏山にある大規模な巨岩群です。古墳時代から中世にわたる複合遺跡(※1)で,4世紀のものとされる勾玉類や祭祀土器が出土していることから,上古のころには神を斎き祀る磐座として祭祀が行われていたと考えられています。

古墳時代当時には森林に覆われていたのかどうかわかりませんが,鬱蒼とした木々と巨岩がコラボして神仙な雰囲気を醸し出していました。

●天に向かって聳える大木と巨岩
話によれば,この磐座祭祀遺跡の周辺地域には古墳も点在しており,遺跡から下った平野部には大規模な集落跡も発見されているそうです。

●数ある巨岩の中で,神が天から降臨する磐座と考えられているのがこの巨岩
井の国
磐座祭祀が行われていた頃,このあたり一帯は「井の国」と呼ばれ,中世以降に武家として活躍した井伊氏の祖先だともいわれる「井の王(きみ)」によって支配されていました。
“井”が示すように,渭伊神社(※2)のある聖域は元々,水神を祭っていたのだそうです。
確かに,天白磐座遺跡のある小山を囲むように神宮寺川の清流が流れています。

井の王(きみ)は,この地で水にまつわる祭祀を執り行わせていたのでしょうか。
(註)
※1 中世(平安後期)には巨岩群の中に経塚が営まれていたらしく,当時の経筒が出土しています。
※2 現在の祭神はホムタワケノミコトすなわち八幡大神。
2011年12月01日
伊勢の倭舞

宮人の させる榊を 吾さして
よろづ代までに 奏で遊ばむ
(倭舞,歌詞)
去る11月5日,伊勢皇大神宮の別宮,倭姫宮の秋季例大祭が行われました。その中で,伊勢神宮独特の倭舞が奉納されました。
伊勢神宮では,神楽殿での祈祷の際,神前に奉納される巫女舞になりますが,神宮で祈願を申し込まない限り,まずお目にかかることがないものです。ただ,祈願等をしない一般の参拝者が,倭舞を陪観できる機会は年に二度ほどあります。倭姫宮での春季例大祭(5月5日)と秋季例大祭(11月5日)がそれです。
冬桜の花開く倉田山のお宮,琴と笛にあわせた倭舞は,いささか単調ながらも,静寂な森林の中,「幽玄華麗」という言葉が大変似つかわしいものでした。
【倭舞】


●単調ながら洗練された舞に,格調の高さを垣間見ました
そして,舞い終えて,しめやかに退下します。

2011年11月29日
弥生・古墳の時代絵巻
前回のみならず,このブログで古墳時代あるいはそれ以前をテーマとした時代行列やイベントを何度か扱ってきました。
今回,倭しうるはし情報室で把握している限りの,上古をテーマとした時代イベントの情報をここにご紹介いたします。
・ふくい春まつり越前時代行列 (福井県福井市 毎年4月中旬)
北陸福井,さくらの季節のころのイベントです。自分は2009年に一度,観にいきました。福井ゆかりの歴史上の人物の時代行列が福井城址から市街へとパレードします。その筆頭に出るのが「継体大王(在位507~531年)」の行列です(写真)。

●ふくい春まつり継体大王とその一行(2009年4月撮影)
※問合せ先: 福井市観光商工課 TEL.0776-20-5346
※参照ページ:ふくい春まつり「越前時代行列」(あわら温泉観光協会)
・ さきたま火祭り (埼玉県行田市 さきたま古墳群 毎年5月4日)
ゴールデンウィーク中に行われる古墳時代(5世紀後半)をイメージしたイベント。ここ3年ほど毎年,足を運んでいます。当時の衣装等の再現も時代考証がよくなされているようで,かなり本格的。松明を手に古墳群を練り歩く古代人の行列は圧巻(写真)。古事記の神話と稲荷山古墳の主ヲワケノオミをテーマとする一大イベントです。

●さきたま火祭り古代たいまつ行列(2011年5月4日撮影)
※問合せ先:さきたま火祭り実行委員会事務局 TEL.048-559-0047
※本ブログでの紹介記事:【速報】さきたま火祭り2011 フォトレポート(2011年5月8日)
・和水町古墳祭 (熊本県和水町 毎年8月第一土日)
自分は2年前に一度このイベントを観ました。先に紹介の,さきたま古墳群の稲荷山古墳鉄剣とほぼ同時代の鉄剣が出土したことで有名な江田船山古墳で行われる上古系のイベント。“卑弥呼”役のヒロインが登場する点以外は,古墳時代の格好をした多くの人々が松明を掲げて行列を行い,上記のさきたま火祭りと類似の時代行列が見られます。
※問合せ先:和水町商工会 TEL.0968-86-2127
※参照ページ: 第41回和水町古墳祭写真コンテスト入賞作品(和水町ホームページ内)
・吉野ヶ里ふるさと炎まつり (佐賀県吉野ヶ里公園 毎年10月下旬の土日)
前々回とその前の記事でその一端をレポートしたところですが,紹介の花火や舞台イベント以外に,遺跡公園内を練り歩く“卑弥呼”と古代人の松明行列があります。一応,弥生時代をテーマにしているようですが,“卑弥呼”が律令時代の貴婦人に似た出で立ちであったり,古代人はあまり本格的ではないなど時代考証は,先出のさきたま火祭りに比べると,行き届いているとは言い難い面もありますが,祭り期間中は出店も多数あり,花火等の特別イベントも目白押し。また,いつもは日没前に閉園する吉野ヶ里遺跡公園ですが,祭り期間中は暗くなるまで出入り自由なので,天候に恵まれれば,間近で遺跡の楼閣をシルエットに染める夕焼け空が拝める唯一の機会です。

●吉野ヶ里遺跡の夕日(2011年10月23日撮影)
※問合せ先:吉野ヶ里町商工課 TEL.0952-37-0350
※参照ページ:吉野ヶ里公園イベント紹介「吉野ヶ里ふるさと炎まつり」
・かみつけの里古墳まつり (群馬県高崎市かみつけの里・保渡田古墳群 10月下旬or11月上旬)
かみつけの里博物館主導の古墳時代再現劇は,5世紀後半を再現したものです。専門家が最新の研究成果を元に考証再現しているもので本格的なものです。古代の上毛野(かみつけの)を支配した王の儀式(水祭祀や農耕儀礼等)と,古墳の上に登っての榛名山への祭祀が再現されます。当,倭しうるはし情報室で把握している上古イベントのうち,最も時代考証が行き届いている反面,研究者による時代絵巻なので,解説等がやや学術的なものになっています。本格派向け。

●かみつけの古墳まつり(2009年11月撮影)
※問合せ先:かみつけの里博物館 TEL.027-373-8880
※本ブログでの紹介記事:【再開】王の儀式再現劇5回上演記念展 ~かみつけの里博物館(2011年4月27日)
・森将軍塚古墳まつり 大王行列 (長野県千曲市屋代 毎年11月3日)
毎年11月3日の祭日,森将軍塚がある科野古代の里で行われる収穫祭に合わせて,古代をイメージした科野の大王行列が屋代市街から森将軍塚古墳までパレードするそうです。このイベントも,自分は一度も足を運んだことがないので,直接的なことは言えませんが,「大王行列は特に時代考証されたものではなく,収穫祭で地元の産物を味わうのがメインです」と現地の担当者の方から伺っています。
※参照ページ:ブログ「信濃路 探訪 (ふるさと探訪)」の記事 【森将軍塚まつり】
※問合せ先:森将軍塚古墳館 TEL.026-274-3400
・西都古墳祭り (宮崎県西都市 毎年11月第一土日)
晩秋,神話のふるさと日向で行われるイベント。記紀神話のニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメの一節にちなんだ再現劇・時代行列だということで,これも松明行列がメインのイベントだそうです。自分はこのイベントには一度も行ったことがありませんので,時代考証の度合いや感想は述べられませんが,下記参照先ホームページの写真を見る限り,内容もなかなか充実してそうです。
※参照ページ: 西都古墳祭り(宮崎県)~宮崎県在住MORIMORIさんのホームページ~
※問合せ先 :西都市観光協会 TEL.0983-41-1557
・芝山はにわ祭り (千葉県山武郡芝山町 11月第2日曜日)
今から30年前,当時の町長が強い熱意で立ち上げたという古代時代絵巻は,時代考証もよくなされており,先出のかみつけの里古墳まつりやさきたま火祭りと並べても遜色はありません。自分は過去3回ほど足を運びました。前回記事でも紹介のように,このイベントは朝から日没まで複数のパートから成る交流型のイベント。殿塚・姫塚古墳が築造された6世紀末の関東を再現した古墳時代末期に思いをはせつつ,さまざまなイベントで一日堪能したい方におススメ。

●芝山はにわ祭り(2008年11月撮影)
※問合せ先:芝山町観光協会 0479-77-1828
※本ブログでの紹介記事:芝山はにわ祭り2011 フォトレポート(2011年11月22日)
・丹後王国古代まつり (京都府加悦町古墳公園 現在廃絶)
約10年前に京都府丹後にあった加悦町(合併により現,与謝野町)で行われていた古墳時代の再現絵巻。当時,9月下旬~10月上旬の日曜日に古墳公園で行われていたことは確かですが,現在も行われているのか,それとも廃絶したのかは未確認です。→現在,資金面,運営面での問題により,数年前に廃絶したという確かな情報を得ました。 当時の古代行列のものと思しき写真(下記参照ページ)を見ると,なかなか興味深い印象であり,見られなくなったのは残念です。・・・
※参照ページ:1999年の丹後王国古代まつり
今回,倭しうるはし情報室で把握している限りの,上古をテーマとした時代イベントの情報をここにご紹介いたします。
・ふくい春まつり越前時代行列 (福井県福井市 毎年4月中旬)
北陸福井,さくらの季節のころのイベントです。自分は2009年に一度,観にいきました。福井ゆかりの歴史上の人物の時代行列が福井城址から市街へとパレードします。その筆頭に出るのが「継体大王(在位507~531年)」の行列です(写真)。

●ふくい春まつり継体大王とその一行(2009年4月撮影)
※問合せ先: 福井市観光商工課 TEL.0776-20-5346
※参照ページ:ふくい春まつり「越前時代行列」(あわら温泉観光協会)
・ さきたま火祭り (埼玉県行田市 さきたま古墳群 毎年5月4日)
ゴールデンウィーク中に行われる古墳時代(5世紀後半)をイメージしたイベント。ここ3年ほど毎年,足を運んでいます。当時の衣装等の再現も時代考証がよくなされているようで,かなり本格的。松明を手に古墳群を練り歩く古代人の行列は圧巻(写真)。古事記の神話と稲荷山古墳の主ヲワケノオミをテーマとする一大イベントです。

●さきたま火祭り古代たいまつ行列(2011年5月4日撮影)
※問合せ先:さきたま火祭り実行委員会事務局 TEL.048-559-0047
※本ブログでの紹介記事:【速報】さきたま火祭り2011 フォトレポート(2011年5月8日)
・和水町古墳祭 (熊本県和水町 毎年8月第一土日)
自分は2年前に一度このイベントを観ました。先に紹介の,さきたま古墳群の稲荷山古墳鉄剣とほぼ同時代の鉄剣が出土したことで有名な江田船山古墳で行われる上古系のイベント。“卑弥呼”役のヒロインが登場する点以外は,古墳時代の格好をした多くの人々が松明を掲げて行列を行い,上記のさきたま火祭りと類似の時代行列が見られます。
※問合せ先:和水町商工会 TEL.0968-86-2127
※参照ページ: 第41回和水町古墳祭写真コンテスト入賞作品(和水町ホームページ内)
・吉野ヶ里ふるさと炎まつり (佐賀県吉野ヶ里公園 毎年10月下旬の土日)
前々回とその前の記事でその一端をレポートしたところですが,紹介の花火や舞台イベント以外に,遺跡公園内を練り歩く“卑弥呼”と古代人の松明行列があります。一応,弥生時代をテーマにしているようですが,“卑弥呼”が律令時代の貴婦人に似た出で立ちであったり,古代人はあまり本格的ではないなど時代考証は,先出のさきたま火祭りに比べると,行き届いているとは言い難い面もありますが,祭り期間中は出店も多数あり,花火等の特別イベントも目白押し。また,いつもは日没前に閉園する吉野ヶ里遺跡公園ですが,祭り期間中は暗くなるまで出入り自由なので,天候に恵まれれば,間近で遺跡の楼閣をシルエットに染める夕焼け空が拝める唯一の機会です。

●吉野ヶ里遺跡の夕日(2011年10月23日撮影)
※問合せ先:吉野ヶ里町商工課 TEL.0952-37-0350
※参照ページ:吉野ヶ里公園イベント紹介「吉野ヶ里ふるさと炎まつり」
・かみつけの里古墳まつり (群馬県高崎市かみつけの里・保渡田古墳群 10月下旬or11月上旬)
かみつけの里博物館主導の古墳時代再現劇は,5世紀後半を再現したものです。専門家が最新の研究成果を元に考証再現しているもので本格的なものです。古代の上毛野(かみつけの)を支配した王の儀式(水祭祀や農耕儀礼等)と,古墳の上に登っての榛名山への祭祀が再現されます。当,倭しうるはし情報室で把握している上古イベントのうち,最も時代考証が行き届いている反面,研究者による時代絵巻なので,解説等がやや学術的なものになっています。本格派向け。

●かみつけの古墳まつり(2009年11月撮影)
※問合せ先:かみつけの里博物館 TEL.027-373-8880
※本ブログでの紹介記事:【再開】王の儀式再現劇5回上演記念展 ~かみつけの里博物館(2011年4月27日)
・森将軍塚古墳まつり 大王行列 (長野県千曲市屋代 毎年11月3日)
毎年11月3日の祭日,森将軍塚がある科野古代の里で行われる収穫祭に合わせて,古代をイメージした科野の大王行列が屋代市街から森将軍塚古墳までパレードするそうです。このイベントも,自分は一度も足を運んだことがないので,直接的なことは言えませんが,「大王行列は特に時代考証されたものではなく,収穫祭で地元の産物を味わうのがメインです」と現地の担当者の方から伺っています。
※参照ページ:ブログ「信濃路 探訪 (ふるさと探訪)」の記事 【森将軍塚まつり】
※問合せ先:森将軍塚古墳館 TEL.026-274-3400
・西都古墳祭り (宮崎県西都市 毎年11月第一土日)
晩秋,神話のふるさと日向で行われるイベント。記紀神話のニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメの一節にちなんだ再現劇・時代行列だということで,これも松明行列がメインのイベントだそうです。自分はこのイベントには一度も行ったことがありませんので,時代考証の度合いや感想は述べられませんが,下記参照先ホームページの写真を見る限り,内容もなかなか充実してそうです。
※参照ページ: 西都古墳祭り(宮崎県)~宮崎県在住MORIMORIさんのホームページ~
※問合せ先 :西都市観光協会 TEL.0983-41-1557
・芝山はにわ祭り (千葉県山武郡芝山町 11月第2日曜日)
今から30年前,当時の町長が強い熱意で立ち上げたという古代時代絵巻は,時代考証もよくなされており,先出のかみつけの里古墳まつりやさきたま火祭りと並べても遜色はありません。自分は過去3回ほど足を運びました。前回記事でも紹介のように,このイベントは朝から日没まで複数のパートから成る交流型のイベント。殿塚・姫塚古墳が築造された6世紀末の関東を再現した古墳時代末期に思いをはせつつ,さまざまなイベントで一日堪能したい方におススメ。

●芝山はにわ祭り(2008年11月撮影)
※問合せ先:芝山町観光協会 0479-77-1828
※本ブログでの紹介記事:芝山はにわ祭り2011 フォトレポート(2011年11月22日)
・丹後王国古代まつり (京都府加悦町古墳公園 現在廃絶)
約10年前に京都府丹後にあった加悦町(合併により現,与謝野町)で行われていた古墳時代の再現絵巻。当時,9月下旬~10月上旬の日曜日に古墳公園で行われていたことは確かですが,現在も行われているのか,それとも廃絶したのかは
※参照ページ:1999年の丹後王国古代まつり
2011年11月26日
芝山はにわ祭り2011 フォトレポート

●50名近い古墳時代人を率いるのは国造とその奥方
去る2011年11月13日,千葉県芝山町において,この時季恒例の「はにわ祭り」が行われました。
古墳時代を再現した行事・イベントは全国にもいくつかありますが(※),ここ芝山町のものは,午前9時半の「降臨の儀」から始まって,「交歓の儀」,「歓迎の儀」,そして,日が沈もうとする時刻の「昇天の儀」と長丁場。また,古墳時代末期(6世紀後半)の衣装に身を包んだ古代人一行と,現代人が,お互いにほぼ丸1日をかけて,親睦し,時を越えた交流を楽しむといった“交流型”の時代再現劇になっているのが特徴です。
【降臨の儀】

●殿塚古墳の頂に降臨した古墳時代人の一行
神主の祝詞と岩戸開きの囃子の音に誘われて,古墳の墳丘上に設けられた“ひもろぎ”を媒介に,約1400年前の祖霊達が顕現したという設定で,芝山のはにわ祭りが幕を開けます。
古墳時代人率いる,武射国(むしゃのくに)の国造(くにのみやつこ)が墳丘上から現代人に宛てて,ご託宣(メッセージ)を述べます。

●墳丘を降りる古墳時代人の一行
【交歓の儀】

●巫女の神楽
降臨した古墳時代人一行を,芝山仁王尊に招いて,僧侶による仏事法要が催され,その返礼に,古墳時代人からは巫女の神楽が奉納されます。
【歓迎の儀】
午後,古墳時代人の一行は行列しながら,芝山仁王尊前から,多くの人々でにぎわうメイン会場の芝山公園へと移動します。
出店並ぶ公園のメイン舞台に着いた古墳時代人の一行は,芝山町の町長,観光協会長等から歓迎の辞を受け,国造がそれに応えて返礼の辞を述べます。
記念撮影,お菓子撒き,舞台芸・・・
“年に一度の時代を超えた親睦”の機会に,広場に訪れた人々とさらに交誼を深めます。

●甲冑に身を包んだ杖刀人(衛士)
【昇天の儀】

●熊野神社より,高天原へと昇天する古墳時代人一行
芝山公園で,交流を深めること1時間あまり。晩秋の太陽が西に傾き始めました。
会場にかがり火が灯され,はにわ祭りも終盤に差し掛かりました。古墳時代人,現代人,互いに別れの辞が交わされ,来年の再開を約します。もちろん,祭り自体はいわば“作り物”だけど,一抹の名残惜しさが漂います。
そして,神主の祝詞に送られて,古墳時代の人々は近くの神社から上り坂を昇天していきました。

●また来年の秋,会いましょう。
【おまけ】黄昏の芝山公園

●埴輪の上空を,轟音とともに飛行機が飛び去ります
古代人が去り,そして,日が暮れました。

●静寂の芝山仁王尊
昼間,交歓の儀が行われていた芝山仁王尊もあと数分で漆黒の闇に包まれるところ。昇天した古墳時代人達の時代よりも150年ばかり後の時代に創建された古寺だといいます。
2011年11月22日
吉野ヶ里ふるさと炎まつり ~上古の神舞もかくやと~
●吉野ヶ里の主祭殿と神楽舞
天宇受賣命(あめのうずめのみこと) 天の香山の日影を 手次に繁けて
天の真折を 鬘として 天の香山の小竹葉を 手草に結ひて 巧みにわざおぎをなす
去る10月の下旬,吉野ヶ里遺跡公園において「ふるさと炎まつり」が催されました。弥生時代当時を模した古代人の松明行列,また“卑弥呼”による神火灯しなど,年に一度の炎の祭典。いつもは日没前には閉園するこの遺跡公園も炎まつりのあいだは暗くなるまで自由に入場することができ,夜空にそびえる古の楼閣を松明の光が煌々と染め上げていました。
古代遺跡にちなんだ多くのパフォーマンスが行われる中,とりわけ目を引いたのが本年のみ特別出演の「天女の舞」。現在の祭祀神楽(巫女舞)をベースにしつつ,さらに独自のスタイルへと昇華させたその舞は,わが国が「倭」と呼ばれていた時代にも,神まつりで行われただろう神楽舞もかくやと,彷彿とさせるに十分なものでした。
以下,その舞の写真を4枚並べます。
●天女の舞① 古代の巫女はこんな感じだったのでしょうか
●天女の舞② 華麗な動きが幾度も交差します
●天女の舞③ 雰囲気とあいまって巫女鈴の音色も幻想的でした

●天女の舞④ おそらく初穂を捧げる様子を表しているのでしょう
漆黒の中,素朴な楽曲に乗せて繰り広げられる上古の神楽はいささかハイテンポで,終始,大変神秘的な雰囲気に包まれていました。
「天女の舞」が終わると,炎まつりもいよいよお開き。あまたの打ち上げ花火が祭典の最後を彩りました。
なかなかお目にかかれない舞踊を観ることができ,古代の遺跡で日本古来の巫女神楽もかくやとばかりに堪能した秋の筑紫路,夜のひと時でした。
●午後8時,吉野ヶ里の楼閣にフィナーレの花火が炸裂しました
天女の舞:浅野瑞穂氏(代表)
2011年11月13日
2011年11月02日
筑紫神舞

●筑紫巫子舞「橘」 ~宮地嶽神社にて
雲居の庭に色変えぬ 花橘にほととぎす
千代を鳴らして久方の 空にぞ声の聞こゆる
(筑紫巫子舞「橘」歌詞より)
この10月22日,筑紫舞なるものを観てきました。
玄界灘に面する風光明媚な海辺が“九州の湘南(鎌倉)”とも異名をとる福岡県福津市に鎮座する宮地嶽神社。その「御遷座記念祭」にて,幻の古代舞とも,九州王朝の宮廷舞踊ともいわれる筑紫舞が奉納されました。この舞は神事的な要素が強いようで,タイトルのように「筑紫神舞」とも呼ばれています。
当日は降ったり止んだりのあいにくの空模様。筑紫舞が始まる直前に風雨が強まり,本殿前の舞台での開催が危ぶまれ,観覧席から離れた本殿屋内にて一旦奉納されましたが,その後風雨も弱まり,辛うじて舞台に場を移して改めて奉納されました。
当日,御遷座記念祭にて,宮地嶽の神前に奉納された5つの演目を以下に,写真とともに順次ご紹介致します。 続きを読む
2011年09月13日
熊野路の史跡・交通の現状 ~台風12号による被害~

●去る7月14日の熊野那智大社の例大祭,那智火祭り
夏越の那智山に 拝おろがみし 神奈備の滝 その滝はや・・・
去る台風12号が紀伊半島南部を直撃,未曾有ともいうべき甚大な被害をもたらしたことは既にニュースで多々,報道されています。
そして,世界遺産の熊野三山のうち,特に熊野那智大社における被害状況は神社の本殿が一部,土砂により破壊・埋没したのをはじめ,那智の滝での洪水により飛瀧神社の鳥居や磐座が流失し,神域の景観が一変したとのこと。
あの神秘的な那智の光景はもはや拝めないのか,来年の火祭りは催行できるだろうか・・・
2ヶ月前に荘厳な那智火祭りに感嘆した身には,次々にもたらされる甚大な被害情報は正直こたえるものがあります。
さて,来たるシルバーウィーク以降に,熊野三山はじめ南紀エリアへのご旅行等を予定している方々へ,当方で得た,台風12号による神社の被害状況や交通の情報です。いずれも9月12日時点での現状です。
全体的な結論を言えば,残念ながら,今季はこのエリアへの観光旅行はあまりおススメできなさそうです。
【熊野三山】
1.熊野那智大社 ~ダメージ甚大
上述のように神社の本殿が一部,土砂により破壊・埋没。また,那智の滝周辺は洪水により飛瀧神社の施設は流失し,景観が一変したとのこと。なお,公的交通機関(バス)は不通。紀伊勝浦発と那智を結ぶ路線バスは,道路障害のため熊野那智大社までは行かず,途中の大門坂で折り返し運行中。大門坂から熊野街道を徒歩40分程度で熊野那智大社へ至るが,神社境内は上記のようにダメージが大きく,当面,至るところで復旧工事作業が持続中で往来の景観美は期待できないとのこと。
2.熊野本宮大社 ~神社までの道路が寸断状態
ここは現在の社殿自体はダメージがなかったものの,神社に至る主要道路が土砂崩れ等で甚大な被害を出しているのこと。路線バスは全面休止中(復旧メドだたず)。また,自家用車でのアクセスもかなりの迂回経路を行くことになり台風前の3倍以上の時間を要することから,神社へのアクセスは極めて困難(渋滞も頻発)。
また,旧社地「大斎原」は完全に水没し泥土と流木で荒涼とした状態とのこと。ようやく電話が通じた神社の巫女さんの話では,台風当日は神職・巫女の寄宿舎が2階部分まで浸水したそうで,神社近隣では,決壊の危険性が高い,いわゆる土砂ダムが複数出来ていて,いつでも逃げ出せるように各自,避難リュックを常備しながら勤務しているとのことでした。
3.熊野速玉大社 ~唯一参拝可能
新宮市街地に鎮座。台風当日,周辺の住宅街は水没して被害甚大であったが,市街でも若干標高のある熊野速玉大社にまでは洪水は及ばず,ほぼ無傷。新宮駅からも徒歩で十分アクセスできる環境なので,熊野三山のうちでは,今のところ,唯一,問題なく参拝できる神社。ただし,JR熊野市駅~新宮間が電車不通のためJRが交通手段の人は新宮方面へのJR代行バス等の時刻表を要チェック。
熊野速玉大社の元宮である神倉神社の巨岩磐座(ゴトビキ岩,天磐盾)もまた通常通り参拝可能。
【交通状況】
1.JR紀勢線(名古屋方面~新宮・勝浦)
橋梁流失のため,JR熊野市駅~新宮間が電車が全面運休。名古屋又は伊勢方面からの特急(ワイドビュー南紀)及び普通電車は全て熊野市駅で折り返し運転中。熊野市駅から新宮方面へは代行バスを運転中です。
詳細はこちら→http://railway.jr-central.co.jp/jikoku/_pdf/kisei_line.pdf
2.JRきのくに線(大阪・和歌山方面~勝浦・新宮)
南紀エリアの被害甚大のためJR白浜~新宮駅間が電車が全面運休。大阪・和歌山方面からの特急電車は,本数を半分に減らして,紀伊田辺で折り返し運転中。また,普通電車は和歌山~紀伊田辺駅間は通常通り運行中だが,白浜~新宮間では運行休止中(ただし,紀伊田辺~白浜間の普通電車はわずかながら運行)。当面の間,白浜~新宮間は代行バスを運行中です。
詳細はこちら→http://trafficinfo.westjr.co.jp/kinki.html
3.路線バス
新宮駅~熊野本宮大社間のバスは全面運休中。紀伊勝浦駅~熊野那智大社間のバスについては,紀伊勝浦駅~大門坂にて折り返し運転中。
4.遠距離バス
関東方面から新宮・勝浦へ向かう夜行バスはほぼ通常通り運行しているようです。大阪方面からの遠距離バスもほぼ通常通り運行しているようです。
5.飛行機
東京羽田空港-南紀白浜空港間のJAL便は通常通り航行中。
【宿泊施設】
宿泊可能なところもあれば,ダメージが大きく休館するところもあるようです。各施設によってそれぞれ状況が異なるようです。浸水の被害が大きかった新宮市街地でも宿泊可能というホテルも何軒かあるようです。
2011年08月20日
古代史アニメの紹介 part2
前回,古代史のアニメとして火の鳥シリーズから2作品の動画をご紹介しました。
今回もまた、同じ火の鳥から,またひとつ動画をご紹介します。
【火の鳥・太陽編】 原作:手塚治虫

7世紀後半,律令体制の構築途上にあった日本(倭国)が舞台。白村江での敗戦から壬申の乱まで,いわゆる飛鳥時代を扱ったアニメであり,古墳時代以前をテーマにするこのブログの範疇に入らないと思って最初は紹介から除外しましたが,古来からの磐座祭祀の様子が随所に描かれているので,ご紹介しました。


●アニメ中に描かれた磐座祭祀(岩陰祭祀)の様子。「産土神(うぶすながみ),振り坐す神倉の森の磐座」とアニメ中では言い表されています
6世紀半ばに倭国に仏教が公伝して100年,次第に幅をきかせていく仏教と,上古からの神々の信仰(古神道)とのせめぎ合いという側面もこのアニメからはうかがえました。
論より証拠,じゃなくて,古代史好きの人ならそれなりに楽しめる(このアニメの作者は細かい部分までよく調査・習熟しているなー,と感心しました)アニメなので動画をどうぞ。
・火の鳥・太陽編第1話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第1話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第1話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (3/3)
今回もまた、同じ火の鳥から,またひとつ動画をご紹介します。
【火の鳥・太陽編】 原作:手塚治虫

7世紀後半,律令体制の構築途上にあった日本(倭国)が舞台。白村江での敗戦から壬申の乱まで,いわゆる飛鳥時代を扱ったアニメであり,古墳時代以前をテーマにするこのブログの範疇に入らないと思って最初は紹介から除外しましたが,古来からの磐座祭祀の様子が随所に描かれているので,ご紹介しました。


●アニメ中に描かれた磐座祭祀(岩陰祭祀)の様子。「産土神(うぶすながみ),振り坐す神倉の森の磐座」とアニメ中では言い表されています
6世紀半ばに倭国に仏教が公伝して100年,次第に幅をきかせていく仏教と,上古からの神々の信仰(古神道)とのせめぎ合いという側面もこのアニメからはうかがえました。
論より証拠,じゃなくて,古代史好きの人ならそれなりに楽しめる(このアニメの作者は細かい部分までよく調査・習熟しているなー,と感心しました)アニメなので動画をどうぞ。
・火の鳥・太陽編第1話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第1話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第1話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第2話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第3話 (3/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (1/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (2/3)
・火の鳥・太陽編第4話 (3/3)
2011年08月17日
ブログ夏休み中だけど、古代史アニメをご紹介
このヤマトしうるはし、ただいま夏休み中なのでオリジナル記事の更新はありませんが、古代の倭(ヤマト)をテーマにしたアニメ動画を選んでまとめてみました。
いずれも手塚治虫の火の鳥シリーズから、それぞれ日本の弥生・古墳時代を舞台にした2作品の動画です。
【火の鳥、黎明編】 原作:手塚治虫

3世紀の邪馬台国を題材にしたアニメ作品。纏向遺跡(奈良県桜井市)の発掘成果が明らかになるかなり以前に作られたもので、邪馬台国九州説と騎馬民族征服王朝説を取り入れたストーリーです。成否はともかく、天孫降臨神話を騎馬民族征服王朝説に重ね合わせた解釈は上手いなと感じました。
・火の鳥、黎明編 ep1(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep1(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep1(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(3/3)
【火の鳥、ヤマト編】 原作:手塚治虫

ヤマト王権による倭国統合が進む4世紀前半。記紀のヤマトタケル伝説(どちらかといえば古事記の倭建命のイメージ)を題材にしたアニメ作品。日本書紀に記された埴輪の起源説話とヤマトタケル伝説をうまく結び付けています。ストーリー上、先に紹介した黎明編とも接点(カワカミタケルのこと)があるようです。
・火の鳥・ヤマト編1/6
・火の鳥・ヤマト編2/6
・火の鳥・ヤマト編3/6
・火の鳥・ヤマト編4/6
・火の鳥・ヤマト編5/6
いずれも手塚治虫の火の鳥シリーズから、それぞれ日本の弥生・古墳時代を舞台にした2作品の動画です。
【火の鳥、黎明編】 原作:手塚治虫
3世紀の邪馬台国を題材にしたアニメ作品。纏向遺跡(奈良県桜井市)の発掘成果が明らかになるかなり以前に作られたもので、邪馬台国九州説と騎馬民族征服王朝説を取り入れたストーリーです。成否はともかく、天孫降臨神話を騎馬民族征服王朝説に重ね合わせた解釈は上手いなと感じました。
・火の鳥、黎明編 ep1(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep1(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep1(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep2(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep3(3/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(1/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(2/3)
・火の鳥、黎明編 ep4(3/3)
【火の鳥、ヤマト編】 原作:手塚治虫
ヤマト王権による倭国統合が進む4世紀前半。記紀のヤマトタケル伝説(どちらかといえば古事記の倭建命のイメージ)を題材にしたアニメ作品。日本書紀に記された埴輪の起源説話とヤマトタケル伝説をうまく結び付けています。ストーリー上、先に紹介した黎明編とも接点(カワカミタケルのこと)があるようです。
・火の鳥・ヤマト編1/6
・火の鳥・ヤマト編2/6
・火の鳥・ヤマト編3/6
・火の鳥・ヤマト編4/6
・火の鳥・ヤマト編5/6
2011年08月13日
斎庭,すなはち神降ろしの庭

●古墳時代の磐座祭祀の想像図
残暑お見舞い申し上げます。
さて,お盆時期ですね。
今年は,旧盆と新盆がほぼ重なったようです。
元来,外界の神や精霊を立秋の時季にお迎えし,斎き祀ったのがお盆の本来の姿。
お清めや水祭祀と密接だった上古のタナバタと一体化した神事でした。
清流のそばに設けた沙石を敷き詰めた斎庭(沙庭)に座し,磐座に神や祖霊を降ろし,祝言(いはいごと)を唱え,供物を献じて,斎き祀りクニの安寧を願う光景が,夏のころ,倭国のあちこちで見られたのかもしれないですね。
(追伸)
倭(ヤマト)しうるはしは8月一杯,お休みします。
2011年08月10日
真清田神社の七夕 ~御衣奉献祭と火の輪くぐり

●真清田(ますみだ)神社独特の火の輪神事。火の輪をくぐる参拝者の行列と巫女の神楽鈴
火の焔明(ほあか)る時に生める児 火明命(ホアカリノミコト)
是 尾張連(おはりのむらじ)等が遠祖(とほつおや)なり
(日本書紀 / 神代紀抜粋)
真清田神社は,尾張氏の祖神である天火明命(アメノホアカリノミコト)を祭っています。伝説上では,神武天皇のころに創建された,2600年以上の歴史がある愛知県でも屈指の古社とされています。そして,尾張國の一之宮でもあります。
日本書紀において,尾張連と記されている尾張氏は,前々回の記事でも名前が出た,オトヨノミコト(乎止与命)のころに尾張国造になり,その娘ミヤズヒメが創建した熱田神宮の大宮司職をその後も連綿と受け継いできました。
7月30日,その真清田神社に参ってきました。ちょうど,尾張一宮七夕まつりの最中であり,真清田神社の境内も盛大な七夕飾りが翻り,旧暦七夕に似つかわしい祭事も執り行われました。
まずは,真清田の境内を彩る様々な七夕飾りの写真を3枚ほど提示します。
【真清田神社の七夕飾り】



月遅れの七夕を楽しむ大勢の人々や出店で賑わい,色とりどりの七夕飾りが翻る境内において,真清田神社独特の祭事も執り行われました。「御衣(おんぞ)奉献祭」と「火の輪神事」です。
【御衣奉献祭】


●御衣奉献祭の行列。タナバタに因んで境内社「服織神社」に御神衣を奉納します(写真クリックで大きな画像も見れます)
7月30日の午後5時半。真清田神社の境内社である服織神社(はとりじんじゃ)に御衣(おんぞ)を奉納する祭事が執り行われました。多くの人々が見物する中,神職や氏子等,数十名ほどの行列が,機織を司る神に奉る御衣が入った櫃(ひつ)とともに歩を進めていきました。
後日,調べたところ,服織神社のご祭神は天火明命の母神,万幡姫(よろづはたひめ)という機織振興の女神。上古の棚機津女(タナバタツメ)や後世,それと同一視された織姫のような位置づけにあるのでしょうか。現在の七夕において手芸上達を短冊などで祈願することはよくあっても,かつて棚機津女が御神衣を奉っていたように,実際に衣(織物)そのものを神に奉献する七夕神事の事例は意外と少ないのではないでしょうか(※1)。
いずれにせよ,タナバタ本来の姿に似つかわしい神事だと思いながら,服織神社へと向かっていく行列を見送りました。
【火の輪神事】


●真清田の火の輪神事は,火の輪をくぐった後,御神水を拝受し,最後に巫女に神楽鈴を振ってもらいます(写真クリックで大きな画像も見れます)
もうひとつ,真清田の七夕で特筆すべき神事が火の輪くぐりの神事です。夏越の時節に茅の輪をくぐる事例は多いですが,燃え盛る焔(ほのお)の輪をくぐって,穢れの祓清めを行うケースは,真清田神社のほかには多分ないだろうと,同社の神職さんも言っていました。
尾張一宮七夕まつりの期間中(7月28~31日)を通じて,境内で行われていた火の輪くぐり。初穂料を納めて自分も受けてきました。順番に並んで,まず,火の輪をまっすぐ潜り抜けます。茅の輪くぐりのように「∞」を描いて3回潜り抜けることはなく,サッと1回通り抜けるだけです。潜り抜けるとそのまま宮井に進んで,御神水に手を浸し,井戸の水面に自らの顔を映します。そして最後に,頭上に神楽鈴を振ってもらって完了といった手順でした(記事冒頭の写真もご参照ください)。
最初にくぐる「火の輪」は,身体に付いた穢れを焼き払うという意味合いがあり,日本書記では火の神とされる(※2)天火明命に因んだものです。そして,御神水を受けることは,心身を元気な状態に戻すという意味合いがあります。これらの意味合いは,七夕祭りから戻って後日,真清田の神職さんに確認したところなので間違いありません。
火と水による若返り
前回レポートした那智の火祭りの記事で書いたのと同様なフレーズ。真清田神社の火の輪神事における,「火による浄化」,「神水による賦活」という2つのステップは,那智火祭りにおける,大松明による清めと滝の瀑水による神威回復とほとんど同質のものだと考えていいと思います。清められる対象が「神」か「ヒト」かの違いはあれど,見た目や祭典の規模は互いに大きく違えど,その意味するところはほとんど同じ。
神職さんに,火の輪くぐりが神社でいつごろから行われていたのか尋ねたところ,ほんの20年ほど前に創作された新しい祭事だそうですが,その考案にあたっては,古の水祭祀の在り方,記紀神話における火の位置づけなど古神道の資料を様々に参照・咀嚼してベースにしているとのことです。
「穢れ(けがれ)は,また“気涸れ(きがれ,けがれ)”が語源であるとも云い,枯渇した気を回復させるものとして,古来,水は大変重要でした」
と神職さん。真清田神社の「真清田」は「ますみだ」と発音しますが,清水で潤った水田を意味するのだそうです。真清田神社の境内一帯は木曽川の水系に位置し,古のころより,その恩恵の下,稲作・農耕もさかんでそれを背景に文化も栄え,その支配者である尾張国造(尾張氏)はヤマト王権においても重要なポジションを占めてきたようです。
このように,木曽川の恩恵を大いに受け続けた土地柄,水に対する信仰は強かっただろうことは想像に難くありません。水に対する信仰はその後もずっと続き,中世には白河天皇(1053~1129)が真清田神社の水を服用して病が癒えたと伝えられています。
そして現代にも古の心は受け継がれ,存続しているのでしょう。旧暦七夕の時季にあわせて行われる,火の輪神事や服織神社の祭礼に,古代の水祭祀の名残やタナバタ本来の姿を,垣間見たような尾張一宮七夕まつりの旅でした。
(文中注釈)
※1;七夕時期からはずれますが,伊勢神宮や熱田神宮では5月のころに祭神に衣を奉る「御神衣祭」が行われます。
※2;日本書紀では,火の明かりから光や熱を表す神としているが,元来は,稲穂が熟して赤らむ「穂赤熟(ホアカリ)」を神格化した農耕神ともいいます。












